story telling project

「源氏物語」の物語

ジャスティン・フェルダー


 高校四年生の秋学期には私の高校の日本語の授業を取っている学生はいつもより多くなって、私の様に五番目の学期まで勉強し続けてきた学生も始めて何人か出ました。その前の場合は一、二人しか続かなかったもんだったから日本語の先生と一緒に自習するより仕方がなかったんですが、私達の場合は逆にやっと十人ぐらいのクラスが出来たんです。でも、私達だけのことではありませんでしたね。リード先生という日本語の先生さえそんなに高いレベルの日本語を教えるのが初めてだったので、自由に完全に違うシラバスを作って授業をするのをとても楽しみにしていました。

 その学期の前半に有名な日本の作家の本を一冊選んでレポートを書くという宿題がありました。それ以外は説明が別になかったからほとんど何を選んでもいい様な気がしていたんです。そして、本もレポートも発表も全部英語なんであまり困難な宿題じゃないでしょう。それで、ある同期生は「ぼっちゃん」の様に簡単な本を選んでその他は大江とか三島等の最も難解な物語にしました。私自身はなぜかというのはまだはっきり分からないけど「源氏物語」を全巻に読むことにしました。多分当時、「源氏物語」ってどんなに複雑で分かりにくい小説であるかと知っていたらそんなに熱狂的なやる気は失っただろうと思いますが、自由時間がいっぱいあったし読むのに出来る限り有益な本を選ぶことにしました。さて、言う必要がないんですが、読み始めた日から発表までの間は二週間しかなかったので、突然随分忙しくなったんですね。間に合うために毎日三、四時間ぐらい読まなければなりませんでした。でも、複雑に理解する事より簡単に終わりたくて、読んでいる間、細部は十分理解出来ないでざっと読んだんです。それはレポートを発表するためには十分だったけどやっぱり満足していませんでしたよね。

 その頃、ハワイ大学から日本語の先生に成りたかった男性がリード先生の下で学生助手として私達の授業を見学していました。このグレーゴ先生という教師はハワイ大学で特に日本の文学の勉強も研究もやっていたんです。そして、六ヶ月「源氏物語」ばかり勉強した経験があったから、私の発表を見たらすぐに私がどんな風に読んだかを正確に見抜いたんです。彼は拾い読みをする事は高校生としてはかなり例外的な努力だけれども、私が抜かしちゃった細部はその物語にとって一番大切なところだと言いました。私も仲間三人も「源氏物語」の事には興味がとてもあったのをはっきり見ぬいたし、学生助手としての責任が少なくてかなり暇なんだったから、彼は私達と一緒に勉強することにしました。それで、その週末からクラブ活動の様に毎週集まって「源氏物語」を討論したんです。

 もちろん、毎回何時間もむらさきしきぶの小説にある複雑さについて話したり論争したり聞いたりしましたね。それで、時間が経てば経つ程皆がどんどん仲良くなりました。そして、グレーゴ先生の過去を聞けば聞く程彼の様な人になろうと決心しましたよ。そういう考え方はやはり感化されやすい高校生のせいだと思いますがグレーゴ先生の様に、感動させられた人に出会ったのは本当に少ないです。彼の人生を説明してみたら普通の一代記にも全然見えないんです。まだ三十五歳なのに、彼はウッドランズへ来た時までにはもうフラーイング・タイガーズに勤める飛行機の操縦士として世界旅行をしていて、昔々の叙事詩の主人公より冒険が多かったんですよ。そして、話してくれた話はいつも日本の文化とか「源氏物語」とか大人になる道について等の大事な哲学でした。つまり、そんな風に生徒との関係を築けるのは教師としての最高のスキルだと思いますね。

 私はもう「他の人になりたい」っていう希望は自分の生活をするについてはちょっと逆効果になるだと気付いたんですが、もしグレーゴ先生の様な性格だったら本当に満足出来ると思います。例えば、一番大事なことは何をやるにも情熱を持ってやるべきだという心理的態度なんです。それを忘れると、いつも「源氏物語」の本を見付けるとか彼の生き方を思い出して、人間は一人一人情熱が必要だと自分に言い聞かせるんです。

 

 

last modified 2006年7月15日